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2006-07-09

BOOCSダイエット

Docu0007 本に遇う 連載79 河谷史夫(朝日新聞論説委員) 2006.7選択

ダイエット大作戦

突然だが、減量をした。昨秋、体重八○・九キロになつた。
これはまずかろうかと気になりつつもずるずると呑み暮らしていた。
勤め先の健診結果表では肝臓の異常を告げる数値もまぎきれもなく
上昇している。酒をよせば下がるからと、健診直前は断酒という
姑息な手を使うのだが、にもかかわらず上がったままである。

「ちょっと診てもらったら」と常は寡黙な家内が言う。
「太りすぎきよ」。つむじ曲がりの出来だからして何か言われると
否定的に応ずるのが日常ながら、わたしにも心弱い時がある。
どだいダイエットなどといつたものをばかにしていた。痩せて
いるのよりは多少太り気味のほうがいい。氷河期が来たとき脂肪が
ついでいなくては乗り切れまい。むかしツイギーという名前の、
棒のように痩せたモデルがいたが、氷河期だったらあんなのは生きて
いない。突然だが、女はぽつてりとしていて大根脚がいいのである。

藤野武彦という医学博士を知つていた。九大教授から名誉教授。
この人に『BOOCSダイエット』という著書があって、独特の肥満理論
を開陳している。それを読んだことがあつたのは身近に摂食障害が
いたからだが、自分のこととしていま一度本を開くのだから、書物
は所蔵しておくべし。

その藤野さんが九大を退官後、銀座に診療所を開いている。一月
十三日、そこへ行った。エコー検査で、立派な「脂肪肝」だと言
われた。夕刊のコラムを毎朝書くという今の仕事に回つてからは、
午前に行かなけれぱならない人間ドックへ行くのをやめたが、
そういえば五、六年前、最後の人間ドックでも「脂肪肝」と言わ
れたことを思い出した。「運動をしなさい。毎日三十分以上、歩き
なさい。歩くと脂肪を燃やします」とも言われた。必要な時は歩く
が、歩くためにただ歩く「ウォーキング」は貧乏じみていて好か
ない。

もとより運動は何もやらない。エコー画像と検査表を見ながら
「体重を減らしましよう」と藤野さんが言う。長身、白皙、穏やか
な口調が妙に説得的である。つむじ曲がりが素直に従う気になった
のは、医師のたたずまいのゆえと思われる。

翌十四日から決行した。「一日一回快食主義」が藤野方式である。
食事は朝、昼、晩と三食が習わしで、いま母親の手抜きとか本人の
痩せたい願望とかで朝食を食べない子が多い。朝抜きが問題だという
専門家がいるが、藤野医師によれば、朝はむろん昼飯も要らない。
ただ夕食を十分に摂れというのである。空腹感は水分で満たす。
紅茶やコーヒー、緑茶の「水分食」だ。不足するアミノ酸類は補助
食品で補い、脳を働かせるぶどう糖は黒砂糖を齧ってまかなう。

朝、昼を食わないから夕食が待ち遠しくなる。夕食は何をどれだけ
食つてもいい、酒も好きなだけ呑んでいいというのが気に入った。
従来通りに呑んだが、「異常」を示していた肝臓数値は翌月「平常」
になっていた。BOOCSとはBrain(脳)、Oriented(指向型)、Obesity
(肥満)、Control(調整)、System(システム)の頭文字を取ったもの
である。
「肥満とは脳の問題」というのが藤野さんの問題意識である。
それは長年、高血圧症や高脂血症の患者とつきあい、その多くが
肥満なので、個別に減量対策を施しては失敗を重ねてきた循環器系
専門医としての直観であり結論であつた。

大脳には新皮質(知的中枢)と旧皮質(本能)とがあるが、現代人は
圧倒的に大脳新皮質優位で生活している。その生活の仕方が問題なの
である。例えぱ、「明日までにこの仕事をしろ」という仕儀となる。
大脳新皮質は「遊びをやめて、休まないでやれ」と判断し、それを
食欲中枢や自立神経中枢のある間脳に伝える。旧皮質にも伝わる
のだが、ここは本能的だから、仕事よりも遊びたい、眠りたい。

そこへ新皮質から過剰な「働け」情報が来ると、間脳に対して
「休め」と圧力をかける。間脳は双方からの指令のはざさまで次第
にしのげなくなる。やがて大脳新皮質と旧皮質という二つの司令部
の協調性がなくなり、狂いを生じる。これが「脳疲労」だ。

「夫、父(新皮質)がいつも、ああしろ、こうするなと命令、禁止する
抑圧的な行動ばかりしていると、妻、母(旧皮質)が、耐える限界を
越えてしまって家庭内不和が生じ、その結果子ども(間脳)がどうして
いいか分からない不幸な状態になつてしまって非行に走るようなもの
です」

非行の表れが肥満だ。脳疲労で五感が狂い、味覚も異常になる。
満腹感もおかしくなる。食っても食っても足りない。これをただ
「食べるな」と規制するだけでは、かえってストレスになる。
脳疲労そのものをとってやらなければいけない。それには脳にストレス
を与えないことが最善なのである。

この肥満理論は糖尿病、高血圧といつた現代人を蝕む生活習慣病にも
当てはまる。「ストレス過剰→脳疲労→五感異常→食行動異常→生活習慣病」
の図式は明らかで、脳疲労をとってやれば病気は改善されるだろう。

ただし皆が皆うまくいくとは限らない。福岡県市町村職員共済組合で肥満
対策集団指導にBOOCSを採用して、五年間追跡調査した結果がこの本に出て
いる。それによると、成功率は「九五・四%」とある。「一日一回、楽しい
食事。満足するまで食べよ」というのだから、嫌なやつと食うことばない。
嫌いなものを食うことばない。好きなものを好きなだけ、好きな人と談笑
しながらたっぷり食べる。こと食事に関してはストレスの発生するいわれが
なくなつた。

そして五カ月後の六月十三日、わが体重は七○・二キロになった。
「肥満度」は二一%から五%に急降下した。酒は呑んでいる。肝臓は「問題なし」
だ。一月のエコー検査では脂肪肝のほかもう一つ前立腺肥大が判明した。
泌尿器科を訪ねたら医師が残尿量を調べ、「これは手術だ、手術だ」と叫んだ
から肝をつぶした。外科手術ほど嫌いなものはない。一難去ってまた一難だ。
まあそれはともかく、肥満はお前の言うとおり診てもらってよかったよ、と
家内に言つたら、「いま死なれると困りますからね」とのことであった。

●『B00CSダイエット』(藤野武彦著、朝日文庫、2005年)

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