地方議会を改革せずして小さな政府はない
WEDGE 2006 APRIL
羅針盤 Axis of coordinates 43
地方議会を改革せずして小さな政府はない
加藤秀樹(構想日本代表 慶応義塾大学教授)
今、わが国は大きな分岐点を迎えている。国と地方の関係を見直して、小さな
政府を目指そうとしている。しかし三位一体改革が、国と地方自治体のカネの
やりとりに矮小化されてしまったように、改革の本丸となる地方議会は手つかず
のままだ。国の御用聞きに終始し、自ら政策を打ち出す資質が欠如した地方議会
を放置して権限と財源を委譲しても、地方自治は実現できない。地方議会の役割
やカネについて、早急に議論を進める必要がある。
「小さな政府」とは本当のところ何なのだろうか。このような「やさしい」
言葉ほど誰もがわかつたつもりでよく考えずに使つていることが多い。
「政府‥ガバメント」の主役はどこの国でも政治家だが、日本では「政府‥
官庁、官僚」のイメージが一般的だ。だから小さな政府と言うと、省庁や
公務員の削減が専ら議論になる。しかし、実は省庁や公務員の数でみると
日本の政府は欧米と比べてかなり少ない方だ。一方、権限や国民に対する
口出しの程度で見ると、相当大きい。また、政府についで語るなら地方政府
も含めて議論しなければならない。ところが、ここでも「三位一体改革」は
国と地方自治体のお金のやりとりに終始している。つまり、本丸の改革は
まだほとんど手付かずで、これからということだ。
そこで、ここでは本来は住民の日々の暮らしと意向の反映に中心的役割を
果たすべき地方議会のあり方について考えてみたい。
あまりケチなことは言いたくないのだが、まずは総勢6万人いる地方議員の
コストパフォーマンスから見ていこう。
表1をご覧頂きたい。地方議会に使われている税金の額である。
1人当りの報酬+期末手当が、都道府県議1450万円、市議750万円、町村議
360万円。それに議会開催時の交通・宿泊費、視察に行く経費、議長交際費、
海外視察支度料など諸費用を加えると、それぞれ2100万円、950万円、400万円
となる。都道府県議は諸費用の給付だけで、国民1世帯当りの年間平均所得
(580万円・2004年国民生活基礎調査)を超える。
しかも、通常企業なら出張に行けば実費精算だろうが、議会では一律支給が
多い。人口20万人規模のある市議会議員の場合、議会会期中、1日5500円の
交通費が支給されるが、実際にかかる往復交通費は1000円。
1日4500円、議会は年間80日くらいなので36万円が議員の「小遣い」
となっている。
欧米の地方議会に見る採りうる選択肢とは
総額4000億円の、以上のようなお金が生きていればとやかく言うことはない。
では、地方議会はきちんと機能しているだろうか?
地方自治法で定められている地方議会の役割は、その地域における様々な
ルールを決め、住民から集めた税金の使い道をチェックすることだ。
実際に地方議員はどの程度働いているのか。00年に日本世論調査会が行なつた
調査では、地方議会の現状について、「まつたく満足していない」「あまり
満足していない」が合わせて6割を越えた。
主な不満要因を整理すると、
・ほぼオール与党体制のため、行政に対するチェックが働いていない
・政策立案能力が低い
・高い議員報酬に加え「隠れた財布」がある
など、存在そのものが問われている。
現行制度の枠内での改革には限界があるが、「そもそも論」として、
地方議会をどうすれば良いのだろうか。
欧米諸国を参考にしてみよう。全体として、地方議会は日本と同様、
立法権と予算の決定権を持つており、夜間や休日に開かれることが多い。
議員はボランティアで議会開会の都度手当が支給され、全議員に多額の
報酬が与えられる日本の地方議員(専業は少ないがボランティアでもない)
とは大きく異なる。
以下、今後の議論のきっかけまでに2つのパターンを考えてみた。
(1)議員を増やして報酬を下げる。住民参加との併用。
ヨーロッパでは多数の議員がわずかの手当で地方議会を構成している
ケースが一般的だ。ドイツやフランスの基礎自治体の議員数は10万人単位で、
日本の自治会に近い。さらに、スイスでは地方も立法権を議会と住民の双方
が持つ「半直接民主制」をとつている。その柱は、一定数の住民の発案を
議会で議論することを義務付ける「国民発案(イニシアティブ)」と、
最終決定権を住民に持たせる「国民表決(レファレンダム)」だ。
日本の場合、議会傍聴者は1日数名と欧米に比べ極端に少ない。
住民参加のための環境整備が長年言われ続けているが何も変わらない。
ならば、住民の参加権を制度化することも議論すれば良い。
ポピユリズム全盛の時代に直接参加の危険性も指摘されようが、
今より悪くなるとも思えないし、政策分野ごとに参加のレベルを変える
ことで対応できると思う。また、かっては自治会、町内会もある程度機能
していた」歴史的には日本の住民自治はかなり行き渡っていたことを考えれぱ
検討の価値はあるだろう。
住民参加は別としてヨーロッパ方式にすると、費用はどうなるだろうか。
ドイツを例にとると、議員数は多く、約20万人(州議会は除く)。人口が
6000万人なので1万人当り約30人の議員がいることになる。
地方議員は定額の報酬か議会ごとの出席手当かの選択制で、平均すると
1人当り年間約50万円。仮にこれを日本に当てはめてみると、人口1万人当り
議員数30人として合計36万人、年間報酬は総額1800億円。現在と比べて
約2300億円の削減になる。この一部を住民自治の運営費用に充てる
こともできる。
今の日本では、出生率が下がっても大雪が降つても矛先が行政に向かう。
普段「小さな政府」を主張しているマスコミ、などは急先鋒だ。
住民が行政や政治に参加することは、批判をしながら実は行政に依存し
ている「無責任住民」を減らすことにもつながる。住民が当事者意識を
持つ仕組みは、議会の見直しにも地方再生にも不可欠である。
(2)議員を減らして報酬は減らさない‥議員の専門職化。
(1)とは反対に、議会の権限をより強固にする方向もある。
現在は予算の編成権、執行権ともに行政(首長)が持つており、議会は首長が
提出した予算案に対して部分的な修正はできても、骨格の部分で口を出す
ことはできない。これは議会の条例制定権が機能していない大きな原因である。
議会がより実質的な行政のチェック機能を果たすには、アメリカの州議会、
市議会・の一部で取り入れられているように、予算編成の段階でその全体像に
関わる仕組みにすることも考えられる。そうなると、議員の専門性が求められ
事務局スタッフも必要になる(アメリカではl00万人以上の都市は平均l50名の
地方議会スタッフがいる。日本の場合、市町村で10人、都道府県で50人程度で、
主な業務は議会の運営だ)。
その場合、議員数はどの程度必要だろうか。専門職議員が中心のアメリカの
ヒューストンは人口200万人で議員数は14人(人口l99万人の神戸市は72人)、
議員の年間報酬額は約550万円(これでも日本の平均より低い)。これを日本に
当てはめれば、議員定数を5分の1程度、現在の6万人を1万2000人にまで削減
できる勘定になる。議員報酬はもともと日本は高いのでそのままとすると、
総額で約800億円。約320O億円が削減できる。この額を専門スタッフに充てると、
年収600万円のスタッフを5万3000人、1議会当り20名程度雇えることになる。
住民が議会についで考え選択することが地方自治だ
この2案のどちらかにすべきと言つているのではない。そもそも議会制度が
全国一律になっているのは日本くらいなもので、多くの国はそれぞれの州や
地域によつて異なつた議会制度をとつている。アメリカの市議会は一院制が
主だが二院制を採用している市もあり、議員の任期もl年から6年まで幅広い。
元来、lO0万人の街と500O人の村が同じ制度をとつていること自体に無理が
ある。「地方自治」なのだから全国に様々なバリエーションがあつても良い
はずだ。それを住民自らが考え選ふところから本来の地方自治が始まると思う。
国の行政を小さくし地方分権を進めようとすると、必然的に地域住民の意思
決定の仕方が重要課題になる。地方議会についてきちんと議論しないと
いけない。
表1)日本の地方議員にかかる税金の内訳(カッコ内は1人当たり換算)
都道府県 市 町村
団体数 47 739 1,656
議員数 2,874人 21,222人 36,072人
報酬(年額) 290億円(1010万円) 1165億円(549万) 962億円(267万円)
期末手当 127億円(442万円) 434億円(204万円) 324億円(90万円)
政務調査費(年額)130億円(454万円) 150億円(82万円) 9億円(2.5万円)
費用弁償・諸経費61億円(214万円) 101億円(48万円) 36億円(18万円)
共済費 21億円(72万円) 169億円(79万円) 110億円(30万円)
合計 630億円(2119万) 2,019億円(952万) 1,441億円(399万円)
表2)欧米の地方議会制度
イギリス フランス
人口 6000万人 6000万人
国と地方の関係 国家主導 国家主導
県 市町村 州 県 基礎自治体
自治体数 34 435 26 100 37,000
地方議員数 2,000人 20000人 2,000人 4,000人 50万人
1人当たり年間報酬手当含73万円 数十万円 ほとんどが無報酬
アメリカ ドイツ
人口 2億9000万人 8000万人
国と地方の関係 連邦制 連邦制
州 県 自治体・タウンシップ 州 県 基礎的自治体
自治体数 50 3,000 36,000 16 439 12,629
地方議員数 7,000人 17000人 15万人 2,000人 30,000人15万人
年間報酬総額手当含290億 85億 740億円 100億円 150億円 750億円
1人/年間報酬手当含400万 100万人以上の都市 950万円 他50万円
620万円 50万円程度 (月報酬と出席手当)
出所:各種資料より構想日本が作成
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