おめこ巧者 波 200606
おめこ巧者 波 200606
渡辺信一郎『江戸の性愛術』(新潮選書)
岩井志麻子
まず紹介されるのは、江戸の遊女の性技指南書。「門外不出の
秘伝書として、綿々と語り継がれ、密かに筆写され続サた、最高
機密の書」なり。それだけでもう、腿の辺りにサワサワ這い上
がつてくるものがあるというのに。
第一章の目次を見れば、いきなり「まら巧者の処理技法」だの
「半立まらに応じる法」だの「萎えたまらの扱い方」だの、先走
り汁がほとばしる勢い。
中盤に差し掛かれぱ、「絶大な馬まらには口と舌を使う」「けつ
取りの場合の対処技法」「交合以外の女陰の曲技」・・我がおめ
こにも、直接ウニウニと感じる確かな体温。いやはやもう、目次
を見ているだけで気を遣ってしまいますわ。
さらに「凍りこんにゃくや高野豆腐を使う秘法」「芋の皮を巻
いて行う秘法」とくれば、そこまでやってくれなくてもァァァと
恥らいつつも、遣る瀬なや余韻に浸れる。
江戸の秘伝書は、タイ卜ルからして妻い。『おさめかまいじよ
う』。これそのものが途方もない技ではと、期待したが。意味は
しごく真面目なものなのであつた。そこんとこを知りたけれぱ本
書をお読みくださいと、チクチク焦らしておく。
『おさめかまいじょう』はしかし、古の江戸の人々の助平さに思
いを馳せ、エロいひとときを共有できるだけではない。平成の世
にも充分すぎるほど通じる、いつそエチケットとマナーの書、と
いつてもいい書だ。現代の風俗嬢と客にとつてもかなり参考にな
るし、平成の風俗店経営者が真面目に読み込めぱ、女の子達に実
に正しい指導ができよう。
助平さに感心するだけでなく感動したのが、江戸の遊女屋は女
達を大切にしつつ徹底的に商品にしているところだ。といって
も、女を物扱いするのではない。女をとことんプロフェッショナ
ルであるべし、と躾け育て上げているのだ。
売られてくるのは貧しい家の娘ぱかりなので、遊女屋に来たと
きは痩せこけている。そんな彼女らに決して手荒な扱いはせず、
飯は欲しがるだけ食ベさせるとも書いてある。
この本を読むまでは、遊女はさぞかしひどい扱いを受け「ろく
に食ベさせてもらつていなかつただろうと想像していたのだが。
経営者も商品を大事に扱うからこそ、遊女達も苦界にありながら
プロフェッショナルとしての務持はあぅたのだ。
無論、平成の一部の女のように、遊びたいからホストクラブ行
きたいからブランド物のバッグ欲しいからといった理由ではな
く、家の貧しさゆえに泣く泣く売られて来る女が大半だった遊女屋
が、楽しい就職先や居心地のいい職場であるはずがない。経営者
とて、道楽でやつているのではなく、厳しい経営と競争に勝負を
賭けていたのだ。見事な通解と解説をなされた渡辺信一郎氏も、
こう書いておら
れる。「なんとも壮絶で、凄惨な書なのであろうか」「己の肉体
を酷使し、それで生計を立てる女郎という境涯の辛さが偲ばれ
る。その女郎を監督・管理しながら経営する女郎屋の経営者もま
た、並大抵ではなかったであろう」。
だからこその、徹底した心構えと管理とプロ意識。特大の男根
を受け入れる心得、ふにゃチンや包茎の扱い、ロでのやり方に
お尻の穴の使い方、いわゆる3Pの手順、もう何から何まで網羅し
てある。添えられた図版もまた、身も蓋もないのに芸術に迫る出
来栄え。どうやつたつて、興味本位のエロ本になどなりはしない。
それにしても平成の『江戸の性愛術』も、江戸の『おさめ・・』
に負けず至れり尽くせり。
三百五十年前に女性によつて書かれた秘録『秘事作法』の、張
形を使つて自慰で達するに至る手順など、渡辺氏の簡潔な要約で
も充分長いのだから、原文の丁寧さはいかほどか。
張形もこの頃は海亀の甲を煮たものや、水牛の角、革、黄楊な
どでなんとも典雅であつたと知れる。大型、楕円筒、上反りと、
型も様々。さらに、現代のパイアグラといってもいい精力剤、女
の性感を増進させる薬まで紹介している。平成日本人より助
平だつた江戸日本人。「当時の数多くの艶本や色道指南書をひも解く
と、飽くなき実践と観察という臨床的(経験的)な処方が絢爛
と述ベられ、その深奥さに驚かされる」。助平は何時の世も真面
目だ。
(いわい・しまこ 作家)
▼渡辺信一郎『江戸の性愛術』(新潮選書)発売中
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